2012年05月13日 21:15
進学して学校が変わり、会う機会も減っていたラブと美希と祈里。
その幼馴染が、再び一つになろうとしている。
ダンスと、そして、プリキュア。でも、彼女たちが本当にやりたいことは……。
お待たせしました、リクエスト企画の第4弾の前編をお届けします。waka_sawa様のリクエストです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ラン、ララン、ラン、ラン〜。今日は、ダンスにドーナッツ〜。ンフフフン♪」
土曜日の昼下がり。ラブは帰宅して早々にバックを取り出して、鼻歌交じりにダンスレッスンの準備に取りかかる。
チラッ、チラッ、とハンガーにかけてあるダンスウェアを横目で見ては、ニマッと笑う。
そんな様子を見て、タルトは「ハァ〜」っと深くため息をついた。
「ダンスもええけどな、ピーチはん。もっともっと、大事な役目があることも忘れんといてや」
「えっ? ダンスの他に、なにかやることあったっけ〜?」
「ガックシ……。あるがなっ! ええか、あんさんはプリキュアなんや。全パラレルワールドの命運は、あんさんらの肩にかかってるんやで」
「な〜んだ、そのことかぁ。もちろん忘れてないって。ブッキーも加わって、もう百人力じゃない。ほ〜んと、タルトは心配性なんだから」
「な〜んだ、って……。ついでって感じがありありやないかい。ああっ、長老! 先行きは前途多難でっせ〜」
「もぅ、なによぉ! プリキュアだって、ちゃんと頑張ってるじゃない」
「キュア、キュア」
シフォンがフワフワと飛んできて、ラブの頭をエライエライといった感じで撫でる。
ラブが手を広げたので、シフォンはポフッと胸に飛び込んだ。
「うんうん、シフォンはわかってくれるよね〜。だ〜れかさんとは違ってさ〜」
「プゥリィ〜」
ラブとシフォンがジト目で抗議する。ついに、タルトの堪忍袋の緒が切れた。
「だあぁ〜!もう我慢できへん。今日と言う今日は言わせてもらうで。あんさんらは」
「タルト、シィ〜!」
タンタンタンと、軽やかな足音が聞こえてくる。階段を上がってくる者は、きっと手ぶらなんだろう。
タルトは慌てて口を押さえる。
訪れる人物は、もちろん母親のあゆみ。掃除機はもちろん、お盆すら持っていないようだ。仕事帰りだからおつかいはない。となると!
「ラブ〜、帰ってるんでしょ?」
「あっ、うん。おかあさん、お帰りなさい」
「ただいま、ラブ。ジャーン! ほらっ、手に入ったわよ。しかも三枚」
「わっは〜、やっぱり! おかあさんすご〜い。やった! ステキ! 愛してるぅ〜」
あゆみが見せびらかすように出したのは、トリニティのコンサートチケットだった。
駅前のイベント広場の入場券。クローバータウンストリートのイベント券でもある。
勤め先のスーパーの従業員販売で、手に入れることができたらしい。
「でも、気をつけるのよ。この間は変な化け物が出たっていうし」
「大丈夫だよ! なんたってあたし……ううん、プリキュアって正義の味方も現れたじゃない」
「まあ、そうらしいけど……。とにかく、怪我のないようにしなさいね」
「はぁ〜い」
子供を心配する気持ちと、子供の喜ぶ顔が見たいと思う気持ち。
その後者に押し切られたのだろう。不安な表情を消して、あゆみは笑顔でチケットを手渡した。
トントントンと、今度はゆっくりとした足取りで、静かに階段を降りていく。
タルトが出てきて、ベッドの上からラブの手の中のものを覗き込んだ。
「ピーチはん。それ、なんですのん?」
「これはね、ミユキさんのダンスユニット“トリニティ”のチケットだよ。駅前のイベント広場で、またコンサートやるんだって」
「ああ、ピーチはんが初めて戦った場所やな。あん時は、中止になってしもたんやったなぁ」
「うん……。みんな楽しみにしてたのにね」
「せやなぁ。でも、それだけやないでぇ。ラビリンスに支配されてしもたら、コンサートだけやない、ダンスかて……全ての自由が奪われるんやで」
「だから、わかってるって言ってるじゃない! じゃあ、あたしダンスレッスンに行って来るから」
ラブが珍しく声を荒げる。怒ってはいないが、拗ねているというか、少し辟易しているようだった。
「ほな、ワイも」
「付いてこないで!」
ラブが一瞬、表情を曇らせて部屋を出て行く。
「しもた、少し言い過ぎたやろか。ワイかて、ピーチはんたちの戦いぶりに不満があるんやない。けど、なんか違う気がするんや」
「プゥリィ〜」
シフォンがタルトに非難の目を向ける。タルトはもう一度、深いため息を付いた。
『フレッシュプリキュア!(第4.5話)――駅前イベント広場を守れ!(前編)――』
「ったく、タルトってば、あたしだって頑張ってるのに……」
ラブは一人、愚痴をこぼしながら、クローバータウンストリートの大通りを歩く。
ダンスレッスンにはまだまだ時間があった。ただ、これ以上タルトと一緒にいると喧嘩してしまいそうだった。だから、逃げるように部屋を出たのだ。
「大体、なんであたしが追い出されなきゃならないのよ」
それもわかっていた。タルトの言葉が正しいって、自分で認めていたからだ。
ダンスは大切な夢。仲間と一緒に幸せをゲットするために、今、一番頑張らなきゃいけないこと。
だけど、それは自分たちだけの幸せのため。もう、タルトの言葉が真実だってこともわかってる。
世界の全てがかかっているのなら、ダンスどころじゃないってのも、頷ける。
(だけど――)
どうして、自分たちなんだろうか?
スポーツ万能の美希ならともかく、自分なんて平凡な女の子にすぎないのに。
祈里だって、手先が器用だし、頭も凄くいいけれど、戦いに向いているとは思えなかった。
(あっ、ここは……)
クローバータウンストリートの始まり。四つ葉公園と並び、街の人々の憩いの場所。
駅前のイベントスペース。通称――イベント広場だった。
ヘルメットを被った、ツナギ姿の作業員。灰色の制服を着た職員。マイクを付けた、音楽スタッフらしい人。そして、案内棒を持った数名の警備員。
大勢の大人たちが、慌しく作業を進める。
「何をやってる! マスキングテープに添って椅子を並べるだけだろうが!」
「そっちじゃない、四隅に集音マイクを設置するんだ。音響テストいくぞ!」
「ステージの修復はこれでいい。次は、暗幕ロープとワイヤーの交換だな。急げ!」
トリニティのコンサートを明日に控えて、急ピッチで修繕と準備が進められていく。
突然のナケワメーケの襲来。中断されたコンサート。破壊されたイベント会場。
ただ、泣き叫び、喚き、逃げ回ることしかできなかった大人たち。
しかし、今、目の前に居る彼らは、とても力強くて頼もしかった。
「お嬢さん、ここは立ち入り禁止だよ」
「あっ、ごめんなさい。あたし……」
いつの間にか、近くで見ようと敷地内まで入り込んでいたらしい。
声をかけてきたのは、灰色の制服を着た大柄の男性だった。腕には腕章が付いており、胸には道路局企画課の文字が記されている。
ここの責任者なのかもしれない。ヘルメットの色が一人だけ違っており、発言や立ち振る舞いに貫禄を感じさせた。
「なにか、手伝えないかと思ったんですけど……」
「ありがとう、気持だけ受け取っておこう。怪我をするといけないからね」
自分でも、馬鹿なことを申し出てしまったと舌を出す。
これは仕事なのだから、子供の立ち入る隙なんてあるはずもない。
ただ、この前の戦闘に関わった者として、何か責任のようなものを感じていた。
主任と呼ばれたその男性は、明日のコンサートがいかに大切なものであるかを聞かせてくれた。
地元の出身ということもあって、デビュー当時から絶大な人気を誇っていたトリニティ。
しかし、すぐに彼女たちの人気は全国規模に膨らみ、こういった小さな施設での興行は困難となっていた。
やっと、実現したコンサート。みんなが楽しみにしていただけに、今回の設備被害とイベント中止は大きな痛手だった。
ミユキの強い働きかけで、再びここでコンサートが開かれることになった。しかし、無理なスケジュールの中での調整であり、十分な準備の時間は与えられなかった。
「君も来るのかい? 大丈夫、今度こそ必ず成功させてみせるさ」
「でもっ! もしまた、ナケワメーケが襲ってきたら?」
「う〜ん、こればかりは祈るしかないな。女神様に。いや、プリキュアだったかな」
「はい……。必ず――」
「本日のレッスンはお終い! 明日はコンサートがあるから、このくらいにさせてもらうわね」
『はい! ありがとうございました!!!』
ミユキが見えなくなると、ラブ、美希、祈里は、気が抜けてその場に座り込む。慣れてきたとはいえ、流石にプロのコーチはハードだった。
美希は優雅に体育座り。祈里は可愛く女の子座り。ラブは、ゴロンとそのまま後ろに倒れて寝そべってしまう。
まだ涼しい風が、火照った身体に心地良かった。ステージの石畳も、ヒンヤリと気持ちがいい。
ここに来るまでモヤモヤしていた気持ちが、汗と一緒に流れ落ちたみたいにスッキリしていた。
「そうだ、美希たん! ブッキー! 明日、あいてるよね? トリニティのチケットが手に入ったんだ」
「それが、そのつもりだったんだけど……」
「ごめんね、ラブちゃん」
美希は、その日に予定していた撮影所が、ラビリンスの襲撃で荒らされてしまっていた。遠方のロケ地に変更になり、その影響で来れないらしい。
祈里は、動物病院の手伝いを頼まれていた。ナケワメーケに驚いた、ペットの怪我が増えているのが原因なんだとか。
「そっか。じゃあ二人には悪いけど、あたし一人で楽しんでくるね」
「ごめん、ラブ」
「約束してたのに、ごめんね」
「いいって、いいって」
「でも、色々おかしくなっちゃったわね」
「このまま街が壊されて、みんないなくなったりしたら……」
あゆみの勤めている、スーパーの売り上げは増加している。祈里の家の動物病院や、多分、人間の病院も患者が増えている。
反面、美希の家の美容院の来客や、食料品以外のお店の売り上げは落ちていると聞く。
商店街の人通りも、目に見えて減っているように感じる。言うならば、住みにくい街となっているのだ。
「大丈夫! そんなことにはならないよ。そのために、あたしたちがいるんじゃない」
「もちろん! アタシたち、完璧だものね」
「そうね。大丈夫だって、わたし信じてる」
その後は、ドーナツカフェでオヤツを食べてから解散した。ラブは、タルトとシフォンにお土産を買って帰ることにした。
今なら、素直に謝れるような気がしたから。
一夜が明けて、コンサートの当日がやってくる。
陽が沈み、空が赤く染まる頃、ラブは一足早く駅前のイベント広場に足を運んだ。
開始までにまだ二時間はある。席はチケット番号で指定されており、まだお客さんはまばらにしか居なかった。
ラブはなんとなく興味を持って、ステージの準備を進めるスタッフの仕事を眺めていた。
その背後から、声をかけられる。
「やあ、君か。良かったら、中に入って見学していくかい?」
「あっ、こんばんは! いいんですか?」
「トリニティは控え室に居る。彼女たちと会わせることはできないが、それ以外なら構わないよ」
「うわぁ! あたし、舞台の裏側とか見てみたい!」
「では、付いてくるといい」
本来なら、許されるはずもないこと。そこは、街のイベント広場ならではの大らかさだろうか。ラブは嬉々として舞台裏に入っていった。
大道具、照明、音響、映像、収録チーム等々、皆一様に張り切っており、忙しそうに動いていた。
「いつもなら、こんなことは前日に終わらせておくんだけどね」
「間に合うんですか?」
「大丈夫! 彼らもプロだからね、できないことは引き受けないさ」
飛び交う大声。真剣な表情。鮮やかな手際。様々なスキルを持つプロが、一つの目標に向かって全力を尽くす。
共同作業なら学校の行事で体験しているが、纏う空気がまるで違っていた。
その様子は、頼もしく、洗練されていて美しかった。
これまでは、コンサートと言えば出演するスターにしか興味がなかった。
これほどまでに、多くの人たちが力を尽くしているなんて、考えたこともなかった。
「凄い! 素敵なステージになりそうですね」
「してみせるさ。暗いニュースが相次ぐ中だからこそ、娯楽は大切なんだ」
「みんなで笑顔になるために。幸せをゲットするために……」
一廻りすると、ラブは主任にお礼を言って自分の席に戻った。
その頃には、もう席はおおむね埋まっており、会場全体が熱気に包まれていた。
その幼馴染が、再び一つになろうとしている。
ダンスと、そして、プリキュア。でも、彼女たちが本当にやりたいことは……。
お待たせしました、リクエスト企画の第4弾の前編をお届けします。waka_sawa様のリクエストです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ラン、ララン、ラン、ラン〜。今日は、ダンスにドーナッツ〜。ンフフフン♪」
土曜日の昼下がり。ラブは帰宅して早々にバックを取り出して、鼻歌交じりにダンスレッスンの準備に取りかかる。
チラッ、チラッ、とハンガーにかけてあるダンスウェアを横目で見ては、ニマッと笑う。
そんな様子を見て、タルトは「ハァ〜」っと深くため息をついた。
「ダンスもええけどな、ピーチはん。もっともっと、大事な役目があることも忘れんといてや」
「えっ? ダンスの他に、なにかやることあったっけ〜?」
「ガックシ……。あるがなっ! ええか、あんさんはプリキュアなんや。全パラレルワールドの命運は、あんさんらの肩にかかってるんやで」
「な〜んだ、そのことかぁ。もちろん忘れてないって。ブッキーも加わって、もう百人力じゃない。ほ〜んと、タルトは心配性なんだから」
「な〜んだ、って……。ついでって感じがありありやないかい。ああっ、長老! 先行きは前途多難でっせ〜」
「もぅ、なによぉ! プリキュアだって、ちゃんと頑張ってるじゃない」
「キュア、キュア」
シフォンがフワフワと飛んできて、ラブの頭をエライエライといった感じで撫でる。
ラブが手を広げたので、シフォンはポフッと胸に飛び込んだ。
「うんうん、シフォンはわかってくれるよね〜。だ〜れかさんとは違ってさ〜」
「プゥリィ〜」
ラブとシフォンがジト目で抗議する。ついに、タルトの堪忍袋の緒が切れた。
「だあぁ〜!もう我慢できへん。今日と言う今日は言わせてもらうで。あんさんらは」
「タルト、シィ〜!」
タンタンタンと、軽やかな足音が聞こえてくる。階段を上がってくる者は、きっと手ぶらなんだろう。
タルトは慌てて口を押さえる。
訪れる人物は、もちろん母親のあゆみ。掃除機はもちろん、お盆すら持っていないようだ。仕事帰りだからおつかいはない。となると!
「ラブ〜、帰ってるんでしょ?」
「あっ、うん。おかあさん、お帰りなさい」
「ただいま、ラブ。ジャーン! ほらっ、手に入ったわよ。しかも三枚」
「わっは〜、やっぱり! おかあさんすご〜い。やった! ステキ! 愛してるぅ〜」
あゆみが見せびらかすように出したのは、トリニティのコンサートチケットだった。
駅前のイベント広場の入場券。クローバータウンストリートのイベント券でもある。
勤め先のスーパーの従業員販売で、手に入れることができたらしい。
「でも、気をつけるのよ。この間は変な化け物が出たっていうし」
「大丈夫だよ! なんたってあたし……ううん、プリキュアって正義の味方も現れたじゃない」
「まあ、そうらしいけど……。とにかく、怪我のないようにしなさいね」
「はぁ〜い」
子供を心配する気持ちと、子供の喜ぶ顔が見たいと思う気持ち。
その後者に押し切られたのだろう。不安な表情を消して、あゆみは笑顔でチケットを手渡した。
トントントンと、今度はゆっくりとした足取りで、静かに階段を降りていく。
タルトが出てきて、ベッドの上からラブの手の中のものを覗き込んだ。
「ピーチはん。それ、なんですのん?」
「これはね、ミユキさんのダンスユニット“トリニティ”のチケットだよ。駅前のイベント広場で、またコンサートやるんだって」
「ああ、ピーチはんが初めて戦った場所やな。あん時は、中止になってしもたんやったなぁ」
「うん……。みんな楽しみにしてたのにね」
「せやなぁ。でも、それだけやないでぇ。ラビリンスに支配されてしもたら、コンサートだけやない、ダンスかて……全ての自由が奪われるんやで」
「だから、わかってるって言ってるじゃない! じゃあ、あたしダンスレッスンに行って来るから」
ラブが珍しく声を荒げる。怒ってはいないが、拗ねているというか、少し辟易しているようだった。
「ほな、ワイも」
「付いてこないで!」
ラブが一瞬、表情を曇らせて部屋を出て行く。
「しもた、少し言い過ぎたやろか。ワイかて、ピーチはんたちの戦いぶりに不満があるんやない。けど、なんか違う気がするんや」
「プゥリィ〜」
シフォンがタルトに非難の目を向ける。タルトはもう一度、深いため息を付いた。
『フレッシュプリキュア!(第4.5話)――駅前イベント広場を守れ!(前編)――』
「ったく、タルトってば、あたしだって頑張ってるのに……」
ラブは一人、愚痴をこぼしながら、クローバータウンストリートの大通りを歩く。
ダンスレッスンにはまだまだ時間があった。ただ、これ以上タルトと一緒にいると喧嘩してしまいそうだった。だから、逃げるように部屋を出たのだ。
「大体、なんであたしが追い出されなきゃならないのよ」
それもわかっていた。タルトの言葉が正しいって、自分で認めていたからだ。
ダンスは大切な夢。仲間と一緒に幸せをゲットするために、今、一番頑張らなきゃいけないこと。
だけど、それは自分たちだけの幸せのため。もう、タルトの言葉が真実だってこともわかってる。
世界の全てがかかっているのなら、ダンスどころじゃないってのも、頷ける。
(だけど――)
どうして、自分たちなんだろうか?
スポーツ万能の美希ならともかく、自分なんて平凡な女の子にすぎないのに。
祈里だって、手先が器用だし、頭も凄くいいけれど、戦いに向いているとは思えなかった。
(あっ、ここは……)
クローバータウンストリートの始まり。四つ葉公園と並び、街の人々の憩いの場所。
駅前のイベントスペース。通称――イベント広場だった。
ヘルメットを被った、ツナギ姿の作業員。灰色の制服を着た職員。マイクを付けた、音楽スタッフらしい人。そして、案内棒を持った数名の警備員。
大勢の大人たちが、慌しく作業を進める。
「何をやってる! マスキングテープに添って椅子を並べるだけだろうが!」
「そっちじゃない、四隅に集音マイクを設置するんだ。音響テストいくぞ!」
「ステージの修復はこれでいい。次は、暗幕ロープとワイヤーの交換だな。急げ!」
トリニティのコンサートを明日に控えて、急ピッチで修繕と準備が進められていく。
突然のナケワメーケの襲来。中断されたコンサート。破壊されたイベント会場。
ただ、泣き叫び、喚き、逃げ回ることしかできなかった大人たち。
しかし、今、目の前に居る彼らは、とても力強くて頼もしかった。
「お嬢さん、ここは立ち入り禁止だよ」
「あっ、ごめんなさい。あたし……」
いつの間にか、近くで見ようと敷地内まで入り込んでいたらしい。
声をかけてきたのは、灰色の制服を着た大柄の男性だった。腕には腕章が付いており、胸には道路局企画課の文字が記されている。
ここの責任者なのかもしれない。ヘルメットの色が一人だけ違っており、発言や立ち振る舞いに貫禄を感じさせた。
「なにか、手伝えないかと思ったんですけど……」
「ありがとう、気持だけ受け取っておこう。怪我をするといけないからね」
自分でも、馬鹿なことを申し出てしまったと舌を出す。
これは仕事なのだから、子供の立ち入る隙なんてあるはずもない。
ただ、この前の戦闘に関わった者として、何か責任のようなものを感じていた。
主任と呼ばれたその男性は、明日のコンサートがいかに大切なものであるかを聞かせてくれた。
地元の出身ということもあって、デビュー当時から絶大な人気を誇っていたトリニティ。
しかし、すぐに彼女たちの人気は全国規模に膨らみ、こういった小さな施設での興行は困難となっていた。
やっと、実現したコンサート。みんなが楽しみにしていただけに、今回の設備被害とイベント中止は大きな痛手だった。
ミユキの強い働きかけで、再びここでコンサートが開かれることになった。しかし、無理なスケジュールの中での調整であり、十分な準備の時間は与えられなかった。
「君も来るのかい? 大丈夫、今度こそ必ず成功させてみせるさ」
「でもっ! もしまた、ナケワメーケが襲ってきたら?」
「う〜ん、こればかりは祈るしかないな。女神様に。いや、プリキュアだったかな」
「はい……。必ず――」
「本日のレッスンはお終い! 明日はコンサートがあるから、このくらいにさせてもらうわね」
『はい! ありがとうございました!!!』
ミユキが見えなくなると、ラブ、美希、祈里は、気が抜けてその場に座り込む。慣れてきたとはいえ、流石にプロのコーチはハードだった。
美希は優雅に体育座り。祈里は可愛く女の子座り。ラブは、ゴロンとそのまま後ろに倒れて寝そべってしまう。
まだ涼しい風が、火照った身体に心地良かった。ステージの石畳も、ヒンヤリと気持ちがいい。
ここに来るまでモヤモヤしていた気持ちが、汗と一緒に流れ落ちたみたいにスッキリしていた。
「そうだ、美希たん! ブッキー! 明日、あいてるよね? トリニティのチケットが手に入ったんだ」
「それが、そのつもりだったんだけど……」
「ごめんね、ラブちゃん」
美希は、その日に予定していた撮影所が、ラビリンスの襲撃で荒らされてしまっていた。遠方のロケ地に変更になり、その影響で来れないらしい。
祈里は、動物病院の手伝いを頼まれていた。ナケワメーケに驚いた、ペットの怪我が増えているのが原因なんだとか。
「そっか。じゃあ二人には悪いけど、あたし一人で楽しんでくるね」
「ごめん、ラブ」
「約束してたのに、ごめんね」
「いいって、いいって」
「でも、色々おかしくなっちゃったわね」
「このまま街が壊されて、みんないなくなったりしたら……」
あゆみの勤めている、スーパーの売り上げは増加している。祈里の家の動物病院や、多分、人間の病院も患者が増えている。
反面、美希の家の美容院の来客や、食料品以外のお店の売り上げは落ちていると聞く。
商店街の人通りも、目に見えて減っているように感じる。言うならば、住みにくい街となっているのだ。
「大丈夫! そんなことにはならないよ。そのために、あたしたちがいるんじゃない」
「もちろん! アタシたち、完璧だものね」
「そうね。大丈夫だって、わたし信じてる」
その後は、ドーナツカフェでオヤツを食べてから解散した。ラブは、タルトとシフォンにお土産を買って帰ることにした。
今なら、素直に謝れるような気がしたから。
一夜が明けて、コンサートの当日がやってくる。
陽が沈み、空が赤く染まる頃、ラブは一足早く駅前のイベント広場に足を運んだ。
開始までにまだ二時間はある。席はチケット番号で指定されており、まだお客さんはまばらにしか居なかった。
ラブはなんとなく興味を持って、ステージの準備を進めるスタッフの仕事を眺めていた。
その背後から、声をかけられる。
「やあ、君か。良かったら、中に入って見学していくかい?」
「あっ、こんばんは! いいんですか?」
「トリニティは控え室に居る。彼女たちと会わせることはできないが、それ以外なら構わないよ」
「うわぁ! あたし、舞台の裏側とか見てみたい!」
「では、付いてくるといい」
本来なら、許されるはずもないこと。そこは、街のイベント広場ならではの大らかさだろうか。ラブは嬉々として舞台裏に入っていった。
大道具、照明、音響、映像、収録チーム等々、皆一様に張り切っており、忙しそうに動いていた。
「いつもなら、こんなことは前日に終わらせておくんだけどね」
「間に合うんですか?」
「大丈夫! 彼らもプロだからね、できないことは引き受けないさ」
飛び交う大声。真剣な表情。鮮やかな手際。様々なスキルを持つプロが、一つの目標に向かって全力を尽くす。
共同作業なら学校の行事で体験しているが、纏う空気がまるで違っていた。
その様子は、頼もしく、洗練されていて美しかった。
これまでは、コンサートと言えば出演するスターにしか興味がなかった。
これほどまでに、多くの人たちが力を尽くしているなんて、考えたこともなかった。
「凄い! 素敵なステージになりそうですね」
「してみせるさ。暗いニュースが相次ぐ中だからこそ、娯楽は大切なんだ」
「みんなで笑顔になるために。幸せをゲットするために……」
一廻りすると、ラブは主任にお礼を言って自分の席に戻った。
その頃には、もう席はおおむね埋まっており、会場全体が熱気に包まれていた。
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